毎日新聞 2013年5月1日 本文

特集:中国ビジネスの論点
毎日新聞 2013年05月01日 朝刊
 中国では3月の全国人民代表大会(全人代、日本の国会に相当)で国家主席に習近平総書記が選出されて新指導部が正式にスタートした。全人代では経済開発を投資から国内消費、内需拡大モードへと変えていく方向が示された。日中関係が厳しい中、日本企業はどのようにビジネスチャンスを作っていくべきか、識者に聞いた。(3月28日·日中企業家高峰フォーラム国内研修会より採録)

◇「日中」超えアジア発信 中産階級の消費に注目-ワールドワイド·シティ·グループ 最高経営責任者、尹銘深(いん·めいしん)氏

 中国ビジネスで重要なのは、消費に焦点を当てることだ。2010年、中国は国内総生産(GDP)で日本を超えた。購買力平価ベースのGDP(PPP)は以前から日本を超えており、すでに約3倍。国際通貨基金(IMF)は、中国のPPPは16年から17年に世界1位になると予測している。また、中産階級の台頭も見逃せない。日本国内向けのビジネスだけで十分と言う人もいるだろうが、世界の動きを見れば中国の動きと市場は無視できない。一方で、中国は世界の一流企業と無数の中国企業が激しく競争している「ジャングル」だ。中国で成功できれば世界のどこでも成功できる自信がつくだろう。
 中国における日本企業のプレゼンスが低下したと言われている。その原因のひとつに、日本と中国の違いについて理解が足りないことが挙げられる。
 例えば、日本でトップシェアを持つ消費財メーカーが1990年代に中国へ参入した。最高の商品を持っていくのだから、中国でも売れるはずだと考えていたが、今、中国でのシェアは1%にも満たない。つまり、良い製品があるだけでは不十分で、日本で成功したからといって、日本のビジネスモデルをそのまま持っていってもうまくいかない。なぜなら日本と中国の市場は根本的に違うからだ。
 消費者、製品、価格、販売ルートの属性の違いを図に示した。市場のポテンシャルを円の大きさで表すと、日本では中産階級が一番大きく、「中価格·高品質」が主流。低所得帯、高所得帯は小さい。一方、中国は貧富の差が激しいため、市場が二極化している。「低価格·良品質」と「高価格·高品質」だ。重要なのは、中国側の矢印が低から中に移っていること。日本企業は製品やサービスを中産階級向けに開発する経験や知識を持っており、多くのチャンスがある。
 では、なぜ日本企業はこのチャンスを十分に生かせていないのか?

 中国市場は変化が非常に速い。経営トップは何が売れるのかを素早く判断し、アクションしていかなくてはならないのだが、変化のスピードにうまく対応できていない。これは日本と中国の企業経営のスタイルの違いに起因している。日本はプロセスやコンセンサスを重視するが、中国は結果·効率重視。経営者がトップダウンで意思決定を行い、結果を出すためには形にこだわらない。そこで求められるのが、「日中ハイブリッド型」。早く意思決定ができ、リーダーシップを発揮でき、変化のパターンもフォローできる。その一方で、本社ともコミュニケーションできて、本社の考えをきちんと理解できる。現地経営者にはこうした能力が求められる。

 今、日中の経営者にとって大きなトピックは、日中間の政治危機をどうやって乗り越えていくかだ。中国において日本企業は、欧米や韓国の企業と比べてより多くの政治リスクにさらされている。しかし、中国現地法人は販売·製造拠点という位置付けで、洗練されたコーポレート機能がないことが多く、このような危機に対応する用意ができていない。また、本社と中国の現地法人の関係が重要であるにもかかわらず、日本の経営トップが中国を訪問していないのも問題だ。Who、What、Why、Howといった基本的な切り口で整理し、危機の本質を見極めることが大切だ。

 日中が政治危機に陥った理由のひとつは、両国のリーダーがあまりにも日中間だけの問題に固執していることだ。非常に視野が狭くなっている。日中の枠組みから抜け出して、どうやって日中両国、アジア、そして世界にとってウィンウィンの関係を作っていくかを考えなくてはいけない。

 21世紀はアジアの時代だと言われている。特に東アジアは現在、世界全体のGDPの約3割を占めており、日本も中国も世界経済の発展に大きな役割を期待されている。今こそ日中という枠を超え、日本と中国のリーダーがお互いに刺激し合って、世界に誇れる企業を作っていく時だ。日本企業の強みがさらに発揮され、中国で模範となり、中国企業に良い刺激を与える。そして日中の企業がお互いに切磋琢磨(せっさたくま)することで、世界一流の企業を作ることができると私は確信している。